Bridge ~異国で挑戦する夢追い人~ #18

タイで活躍するプロサッカープレイヤー、樋口 大輝さん。
このコーナーでは、サッカーを通じて日本とタイの架け橋になり、両国のサッカー競技力の発展に貢献したいという彼の熱い想いを発信していく。

「京都の佐川印刷SCに入団。今までサッカーしか知らなかった

自分が初めて会社組織に属し、”社会”を知ることになった」

やつぷれ編集部(以下、Y) ――佐川印刷SCはどんなクラブでしたか?

樋口:シーズンも残り8試合という状況で、プレーする機会を与えてくれたのが京都に本拠地を置くJFLの『佐川印刷SC』でした。佐川印刷SCは、佐川印刷株式会社(印刷物を扱う佐川グループのひとつ)が母体の企業クラブで、選手は会社のいち社員として午前中はトレーニング、午後から就業という生活を送っていました。
監督、コーチも佐川印刷のOBで、みんな仲が良くアットホームな雰囲気にクラブというのが加入当時の印象で、休日にはスタッフ・選手一緒にバーベキューもよくやっていました。
佐川印刷SCのトレーニングに参加していて一番驚いたのは、オフ明けには必ずボールを使わない「走り」トレーニングを課されるというところです。試合に出ていてもそれは関係ありません。しかも入れるか入れないかのギリギリのタイム設定で走り終わった後は倒れるほど。オフ明けのトレーニングはいつも憂鬱でした。このようなただ走るだけのトレーニングがサッカーには必要ないという研究もあります。しかしある時期に歯を食いしばって走り込む経験が必要なのではないかと私は考えています。もちろん、100本ダッシュなどは無意味です。しかしながら成長期に合わせて基礎的な体力を養うことは、若いころにしかできません。

Y――入社当時のエピソードがあるそうですが・・・どんなことが起こったのですか?

樋口:入社する際にグループ面接で社長直々にこんな質問をされました。「自分の長所を生かしてどんな部署で働きたいか?」その質問に対して私は「将来”教員”を目指したいので、コミュニケーションスキルを磨くために営業部で働きたいです!」と答えました。今からこの会社で働かせてもらおうという人間が、会社を辞めることを前提に教員になりたい!と社長を前に宣言してしまったのです。これにはさすがにサッカー部の部長も呆れて物が言えなかったそうです。大学を卒業し、サッカーしか知らない人間が、初めての会社組織の中で社会を知ることになります。

※佐川印刷SCは、2015年をもってJFLを退会。活動を終了しています。

Challenge19へ続く→

樋口 大輝
1984年4月8日、熊本県八代市出身。
日本ではJリーグ準加盟クラブの『ガイナーレ鳥取』をはじめ、数チームに所属。
現在タイのプロサッカーチーム『チャムチュリーユナイテッド』でプレーしている。
ボランティア団体『ピースボールアクションタイランド』代表。177㎝、74㎏。

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