巻頭特集/松濱軒~庭園散策のすすめ~

花鳥風月に出会う庭 松濱軒~庭園散策のすすめ~

八代のお殿様に愛され、現代まで大切に守り継がれてきた庭園に身を置けば、そこはもう非日常の世界。

季節の花が咲き、鳥たちが歌い、生命の喜びにあふれた自然の中を散策するだけで心身が軽やかになることでしょう。

さあ、ごゆるりと庭園散策へまいりましょう。

「八代市民の庭であり、森である『松濱軒』へどうぞお越しください」

松井葵之さん(74才)

松井家第十四代当主。平成234月から『八代市立博物館 未来の森ミュージアム』の館長を務める。一般財団法人松井文庫理事長、松井神社の宮司でもある。

 

 

受付では、松井さんの直筆の御朱印も頒布

 

八代市立博物館の目の前に建つ『松濱軒』は、八代城のお殿様であった三代・松井直之公が、元禄元年(1688年)の春、生母・崇芳院のために建てたお茶屋です。今でこそ、その面影はありませんが、当時は敷地の北側と西側は八代海に面しており、通称「浜のお茶屋」として、『松濱軒』と名が付きました。

平成14年(2002年)11月、国の文化財記念物に指定。市内中心部にありながら、敷地に一歩足を踏み入れると、そこはもう別世界。豊かな森と庭が見事に調和する「池泉回遊式庭園」が姿を現し、一般にも公開されています。

初夏の訪れを告げる花菖蒲。『松浜軒』に咲く「肥後花菖蒲」は、『熊本花菖蒲満月会』より唯一地植えが許されている

 

森の中を散策すれば、木々の癒しに心がほぐれるはず

 

庭が一気に華やぐのは、5月半ば頃から6月頭にかけて咲く肥後花菖蒲の時季。郷土の息吹を感じる力強い花は、多くの人を魅了し続けてきました。「見頃のピークは、例年6月の第一週ごろ。その頃が観覧客の方も増えますが、花が咲き始める5月の初々しい姿もじつは見ごたえがあり、おすすめです」と松井さん。

3000坪ある庭園は、鑑賞ポイントが園内のあちこちに点在します。ぐるりと回りながら、写真撮影を楽しむもよし、ベンチに腰かけ、優雅な絶景にただ身を預けるもよし。森の中を散策すれば、リフレッシュにも最適。少しだけ時代をタイムスリップして、八代のお殿様がいらっしゃった時代に想いを馳せてみるのもいいですね。

「細川家の筆頭家老だった松井家ですが、別邸として残るのは、『松濱軒』のみとなりました。ここは、八代市民の庭であり、森だと感じております。お気軽に足を運んでいただき、くつろぎのひと時をお過ごしいただければと思います」。

「赤女ヶ池」を悠々と泳ぐ鯉も庭の鑑賞に欠かせない存在。

 

池の周りには植物が生き生きと育ち、散策の楽しみは尽きない

 

緑に囲まれた東屋で休憩はいかが。園内では、お弁当の持ち込みは不可ですが、座っているだけで気分転換に

 

 

松濱軒を支える人

『松濱軒』の歴史が始まって、今年で333年。八代地域の歴史と共に、時を刻んできたこの場所を支える人々をご紹介します。

「自然豊かなお庭にいるだけで癒やされますよ」

 肥後花菖蒲をはじめ、杜若(カキツバタ)、ツツジなど四季折々の花や、ケヤキ、クスノキ、イチョウなどの樹木が見事に調和したお庭。その清掃を担当しているのが、上村さん(勤務歴7年)、西さん(勤務歴4年)、平山さん(勤務歴3年)です。主な仕事は、落ち葉や枯れ葉掃き、草取りなど。新緑が芽吹く春は、特に生え変わりの際の落ち葉が増える時季。きれいに掃き掃除をしても、直後に風が吹けば、葉がまたひらり。庭の広さは3000坪に及び、そこに多種多様な植物が点在しているのですから、終わりの見えない作業だといいます。それでも皆が、一様に声をそろえるのは、「私たちにとって、職場はオアシス。観覧にいらっしゃるお客様に美しいお庭を見て喜んでいただきたいので。この仕事に誇りを持ち、取り組んでいます。ぜひ癒やされに来てください」。歴史あるお庭の景観維持の陰に、自然との調和のなかで、汗水たらしながら働き支える人たちがいます。

清掃担当 (写真右から)上村さん、平山さん、西さん

毎日水やりし、大切にお手入れされている苔。その風情ある表情にも注目を

「庭を愛で、春夏秋冬の移り変わりを感じてください」

受付案内担当 田﨑英子さん

玄関を入り、まず出迎えてくれるのが、窓口業務を担当する田﨑英子さん。観覧客の対応の顔ともいえる田﨑さんの仕事は、入場チケットを販売する受付業務のほか、展示物の案内が主。「時には、庭のことや建物の歴史などについてお客様から質問をいただくこともありますので、その時は庭に出てご説明することもあります」。勤務歴15年、仕事のやりがいについてお尋ねすると「その昔、八代城主だった松井家の歴史を学び、地域に関わりながら仕事ができること。お宝を間近で見られるのも貴重」と話してくれました。

 

庭の見学で特におすすめなのは、5月末から6月初旬にかけて見頃を迎える肥後花菖蒲。このときが、一年の中で最も観覧客でにぎわう季節。夏になると、池の中を色鮮やかな黄色の花・コウホネが彩ります。モミジがまっ赤に色づく秋は、太陽の光できらきらと輝く姿が田﨑さんのお気に入り。「敷地内に2箇所ある展示場では、松井家伝来のお宝や年4回の企画展もお楽しみいただけます。お庭と合わせてご覧ください」。

歴史ある建物と庭、池が見事に調和した姿。昭和24年、主屋には昭和天皇も宿泊された

「『松濱軒』の神秘的な森と庭。市民の皆さんにこそ見ていただきたい!」

今年88才になる片山智芳さんが、庭師として『松濱軒』の庭造りに関わるようになったのは、熊本市内にあった植木屋の従業員として働いていた19才の頃。40代半ば頃にその仕事を継承。現在は引退され、息子の智さんが『緑進園』の現・代表取締役社長として先代の仕事を守り継いでいます。

庭師としての誇りを持ち 庭造りに情熱を注ぐ

庭師としての仕事は幅広く、定期的に剪定、芝刈り、池の清掃などを実施。「国指定の名勝史跡であり、八代城主でいらっしゃった松井家のお庭の維持管理に関われるのは、とても光栄なこと。当然気を遣いますが、自然そのものが創り出す美しさに気を配り、自然に敬意を払いながら、財産ともいうべきこの景観を守っています」。親子で庭を見つめながら、話をされる姿に、職人としての誇りがうかがえました。

庭を代表する植物である「肥後花菖蒲」は、肥後六花の一つであり、池の随所に植えられ、季節になると多くの人を楽しませてくれます。お手入れには一定のルールがあり、3年~5年に一度は、株分けし、植え直すことで、花が元気に育つようにお手入れされているそうです。花の栄養となる肥料は、油かすや骨紛、有機質の化成肥料などを独自に調合したものを使用。冬の間に3回「寒肥(かんごえ)」と呼ばれる肥料を与え、翌年の花の芽吹きが良くなるようにするほか、花の時季の終わりには、「お礼肥」と呼ばれる花に感謝を捧げる肥料も欠かせないのだといいます。「市民の皆さんにこそ、訪れていただきたい場所」と話す片山さんたちの庭師としての情熱と経験が、この場所に息づいています。

有限会社緑進園 (写真右から)片山智芳さん、現・代表取締役社長 片山智さん

大事にお手入れされている松の木。園内に20本ほどが植栽されている。写真手前の石は、昭和35年に訪問された昭和天皇の行幸啓を記念して置かれたもの

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