「壊れるもの、壊れないもの」
八代の皆さんに今お伝えしたいことを書き始めたら止まらなくなるので、本題に入ります。地震発生以降、テレビやネットを通じて今回八代で壊れたものたちを見てきました。そしてその壊れたものたちから、カメラには映らない実際の被害がどれほどであるかを、ある程度想像できました。たとえば「あの煙突が折れるほどの揺れ」ということです。八代の人たちにとって当たり前であったものの多くが今回の地震で壊れました。
「でも人の思いや心は壊れない」なんてことを言うつもりはありません。そんなもん「人の思いや心」も当然壊れますよ。だから物理的な「もの」だけじゃなくて、ありとあらゆるものが今回の地震で壊れたんですね。そして専門家たちはいろんな言い方をしながらも、結論として「また来る」と言ってます。ありとあらゆるものが再び「壊れる」可能性があるということです。悲しいですけど、それが逃げられない現実です。そのときに八代の人たち、あるいは八代に関わりのある人たちはどうすればいいのか。どう考えればいいのか。
これから八代を創り直していく際、大事になるのは「壊れないもの」だと私は思うんですね。建物等の「耐震性」という意味での「壊れないもの」も大事なんですが、それと同時に「文化」とか「歴史」とか「風習」とか「言葉」とか「誇り」とか、自然がどんなに大暴れしようとも「壊れないもの」、そして奪われないものってあるじゃないですか。そういうものに個人としてコミュニティとして大きく注力していくと。見た目やゴージャスさではなく、その中に何を魂として込めるのか。ひとつハッキリしてるのは、これまでと同じやり方じゃおそらくダメってことです。今回のような災害に対して、ハードな強さじゃなくて、しなるような強さが必要です。しなることによって壊れないと。
みたいなことを地球の反対側に住む人間が書くのって簡単なんですよ。被害にも遭ってないわけだし。でもそういう人間だからこそ、書けることもあると思うんです。ていうか、あると信じたい。でないとマジでやってられない。12月に帰ります。皆さん、なんとか生き抜いてください。お願いします。
八代市出身。八代小→一中→南校(現:清流高校)→沖縄の大学へ
(小中高時代のあだ名は“ポンタ”)。
沖縄で海の仕事に従事→アジア放浪→渡米。
メディアで働いたあと主夫に。
アメリカ人のかみさんと息子2人の4人家族。
米国・ニュージャージー州在住。





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