2026年2月号で紹介した『ミゾグチタタミファクトリー』が被災。特別企画として、現状と再建へ向けた想いを聞きました。
八代の宝を守る決意胸に、家族で歩む再建への道
(写真左から)溝口善大さん、祖母の美智子さん、祖父の勝さん、父・忍さん。震災後、クラウドファンディングを立ち上げ、い草を守る支援者を募集中!
曾祖父の代から受け継ぐ母屋、倉庫とも全壊
カシャンカシャン…。途切れることなく資材倉庫から織機の音が聞こえてくるのは、八代市鏡町のい草・畳表の生産農家『ミゾグチタタミファクトリー』。7月28日の熊本地震で母屋、倉庫とも全壊。畳表の生産工場となっていた主倉庫は、柱や壁も大きく傾き、土壁は剥がれ落ち、すぐにでも解体が必要な緊急解体の判定を受けています。しかし奇跡的に被害を免れた織機を急遽、被害の少なかった資材倉庫に移し、畳表の生産を再開しています。
4代目の善大さんは「発災直後は、織機の近くで動けなくなっていた祖母を非難させるので精一杯。ついさっきまで目の前にあった日常が、一瞬にして崩れ落ちてしまった現状に立ち尽くすしかなかった」と振り返ります。
震度6強の激しい揺れで母屋、機械倉庫ともに全壊。昭和初期に建てられた5機の織機が入っていた主倉庫は緊急解体の対象に。

これまで聞いたことのない地鳴りに続き、立っていられなくなるほどの凄まじい揺れ。10年前の熊本地震とは比べものにならないほど甚大な被害に見舞われた作業場。

発災後しばらく、生活の場となった資材倉庫。暑いときは40℃を超える日も。今は震災前に刈り取りが終わっていたい草を、移動した織機で畳表にする作業が続く。
ボランティア支援で動き出す
余震が続く中、母屋からどうにか日常生活に必要な最低限の家財を運び出し、発災後は資材倉庫での軒先避難と車中泊。「機械はとても私たちだけで運び出せる重量でもなく、どうしようもない状況が続きました」と忍さん。そんな溝口家にボランティアが手を差し伸べてくれたのが発災から10日ほどたった日。余震が落ち着いていたまさにその時、「“今、出しましょう”と声を掛けてくださり、1時間ほどで機械をすべて倉庫から動かすことができました」。
「家族もい草も自分が守る」
その日を境に復旧に向け一歩ずつ動き出した溝口さん一家。住まいも善大さんと忍さんは応急的にアパートへ。勝さんと美智子さんは自宅前のプレハブで生活を始めています。「日が経つに連れて、家のこと、仕事のこと、お金のこと…。新たな課題が次々に浮き彫りになります」と2人。同業者の中には、今回の地震をきっかけに廃業の選択をするしかない家もある中、「自然の脅威には太刀打ちできません。しかし今、立ち止まってしまうわけにはいかない」と前を見据える善大さん。日本の古き良き伝統文化・畳を後世に受け継いでいくためにも、「自分が家族、八代の宝・い草を守っていくという気持ちで歩みを進めていきます」。

黙々と畳表づくりに精を出す勝さん。仕事をすることで、少しずつ日常を取り戻しつつあります。
●お問い合わせ:ミゾグチタタミファクトリー
TEL:080-2743-1769
八代市鏡町有佐643






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